異国の地で生き抜くセルフイメージの形成方針検討 – 渡米23か月の雑記

プロフィール

Amazon USで働き始めて23か月。大規模レイオフ、エンジニア転向、渡米後初の一時帰国といったアメリカBig Tech生活イベントを一通り経験する中で、3カ年計画で子供にFXを教え始めて1年が経過しました。クリスマスや年末年始を契機に「神」という概念を教えたり、日本で初めて現金を使ったり。子供の成長を通じて自分の過去と今後を問い直す機会が多かった日々でした。

大規模レイオフ 第2弾

出典:Forbes 「史上最大の人員削減を発表したアマゾン、だが「AIが職を奪う論争」とは無関係」

2025年10月に続き、2026年1月28日に弊社で大規模レイオフが実施され、私の非常に仲良かった同僚も影響を受けました。当日は「impacted」という単語がそこかしこに響き渡り、みんな互いの無事を確認しつつも、どこか平静を保った方が良さそうな雰囲気の中で淡々といつも通り仕事してました。

慣れなきゃいけない光景なんだろうけど、明日は我が身だし、昨日まで普通に談笑しながら一緒に働いてた人が今日になって急にいなくなるのは結構辛いものがあります。仕事では仲良かったもののプライベートでは繋がりはないし、きっとLinkedin等で探せば見つかるだろうけど、相手も辛い思いの中でこちらから連絡するのも逆撫でしてしまうかな。。。など複雑な心境。

出典:ダイヤモンドオンライン「無人コンビニ「Amazon Go」は日本の流通業界を席巻するか」

前回同様、WA州に弊社が提出した拠点・職種ごとの人数において、EngineerやData Scientistが多めに影響を受けてる感じはあるものの、「AIのせいだ!」という短絡的な解釈は宜しくないと感じます。コロナ禍で雇い過ぎた人たちを減らしたり、2016年から続いてきたAmazon Goを終了したり、競争環境に合わせてビジネスの形を変えている過程だと考えています。

エンジニアへの転向

2025年12月にNon-TechのBusiness AnalystからTechのBusiness Intelligence Engineer(BIE)に転向しました。その他にData Engineer(DE)とML Engineer(MLE)の選択肢を提示頂きましたが、これまでのスコープと役割を変えたくないのでBIEでのオファーにサインしました。なお、お給料は後者2つの方が断然上です笑

前回記事でも触れましたが、話の発端は2025年7月、私のプロモーションドックが組織に受理されて、あとは人事の手続き完了待ちというステータスからずっと手続きが完了せず、色々と偉い人に話を辿るうちに大規模レイオフの計画を聞いたことでした。

「人件費を削っている最中に単価を上げることができない、つまり昇進させることができない」という上層部からの話は理解できたものの、「納得できない、それなら会社辞める(=Lビザにつき、US本社を辞めて日本支社に戻る)」という強気(内心ビクビク笑)の交渉の末、昇進はできないがロールをNon-TechからTechに移行することで単価を上げるという譲歩を引き出しました笑

今後オープンを検討しているBIE、DE、MLEのポジションについて、複数回のスキルチェックの後、2年弱の私の実績だとどれも移行が実現しそうだと上司から打診されたものの、私は2年かけて開拓してきた自分の領域を今後も継続したい、変更したくないという意思を伝えBIEを選びました。

お給料は。。。2人の子供が保育園代だけで毎月80万円弱の出費、これから3人目も生まれてくる予定がある中で、引き続き家計は火の車です。。。笑

Claude codeによる激震 – 次の大規模レイオフの足音

完全に潮目が変わったように感じます。Claude codeの登場・技術的躍進により、組織内の各チームのマネージャーや上層部からの生成AI活用の圧力が一気に加速しました。「いつまでも『賢くない』とか言ってないで、賢くなるよう活用しろ」「作業するな、監督しろ」といった叱咤激励、ではなく「効率悪い奴は淘汰されるからね」という意図に満ちたメールや発表が連日届きます。

特に開発チームに属する私の周囲はかなり戦々恐々としています。次のレイオフのときにはチーム丸ごと吹っ飛びそうな感もあります。私にとってはGCプロセスがまだ始まったばかりにつき、失職に伴う強制帰国リスクは急上昇したと感じます。生き残れないかもしれない。。。

「奪われる側ではなく奪う側であり続ければ生きていける」と思っていましたが、現行の生成AIの発展スピードはもうそういうレベル感ではないと感じます。私に残された武器は、、、愛嬌、、かな?そんなもん1ミリもなかった。。。笑 

216億円への道:残り4年半

216億円の資産を築いてFireする計画を引き続き遂行しています。その期日まで4年半を切りましたが、進捗は良好で、もしこのまま順調に続けばおそらく4年半かからずに達成します。とは言いつつも、常に全損リスクを抱えた極めて危うい手段をとっているため、安心とは程遠い世界にいます。。。

仕事でちょっとでも嫌なことがあると、もはや何のために働いているか自分の信念が揺らぐこともありますが笑、まーGCと医療保険のためだと言い聞かせます笑

3歳になった長女に3年計画で投資を教え始めてもうすぐ1年になります。文字の読み書きや簡単な四則演算はできるようになりましたが、そもそも長女、投資には全く興味がない様子笑 トレードのチャート等を見せても大して関心を持たず、それよりもアンパンマンの動画やおもちゃで遊ぶのが好きなようです。

あれだけ事前に考えて綿密に計画しましたが、まーこんなもんかな、、、という感じです笑 きっとこの子達が大人になることにはあらゆるものが自動化してるだろうし、いつかこの領域への興味関心が高まるかもしれないから、子供たちには今は自分が興味を持つことを全身全霊で遊び尽くしてほしいと思いつつ、今後も細々教えます。

初めての一時帰国

私は2年ぶり、妻子は1年ぶりに日本に戻り、それはそれは日本の懐かしい空気と死ぬほどおいしい食事を満喫しました。なんで日本の食事はあんなにおいしいのだろうか。。。そして子供たちは近所のイオンモールに何度も行ってきゃらくるカートに乗ったことが本当に楽しかったらしく、先日も朝起きた直後に「さっきまで乗ってたどらえもんのカート、また乗りたい」と言ってたので、夢で当時の思い出に浸っていたのでしょう笑

そんな子供たちに、初めて「現金」を使うところを見せました。イオンモールはじめゲーセン等の子供の遊び場には100円玉を複数枚入れて動くマリオカートやら UFOキャッチャーが沢山あり、わが家の教育方針上それらはめったにやらせてもらえないものの笑、現金を使うと遊べることを学んだ様子でした。

アメリカでは全てがカード決済なので現金に触れることはありません。また、新年のお年玉の文化もないため、親戚や知人からお年玉でお金を頂いた際はきょとんとしてました。どうやら中身のお金よりポケモンのお年玉袋の方が気に入ったようで笑、中身はすぐにママに渡しつつもお年玉袋は大切に持ち歩いてました。

もう少し大きくなったらお金の価値やお金でできることも理解できるようになり、それを稼ぐ方法にも興味が沸くかなと期待しつつ、投資の世界になるべく早く興味を持ってほしいと願うばかりです笑

「神」の概念を教える

3歳の長女に、初めて「神」の概念を教えました。きっかけはクリスマス、長女がサンタさんに向けて自分の欲しいプレゼントを書いた手紙をしたためているときでした。

私:サンタさんは良い子にしてたら、子供たちが夜寝てる間にプレゼントを持ってきてくれるんだよ。

子:良い子にしてなかったら?

私:そしたら持ってきてくれないよ、サンタさんは色んな子のところに行かなきゃいけないから忙しいし。

子:私が良い子にしてると思っても、サンタさんは良い子じゃないと思ってるときはどうしたら良い?

私:そんなときもあるかもしれない、そうじゃないかもしれない。どっちか分からない、そういうときはお祈りするしかないね。なるべく持ってきてもらえるように。

子:何に祈るの?なんで祈るの?

そうか、もうこの年齢になったらメタ認知を獲得して目に見えないものを擬人化したり上位概念として位置づけることはできるんだ、と改めて感じ、「神様にお祈りするんだよ」と伝えた上で、「神」とは何かを説明しました。

私は神を「人が死んだら、見えなくなるけど上の方で見守ってくれて助けてくれる存在になる」と説明しました。あえて宗教名を出すならこの思想は神道の御霊(みたま)の考え方ですが、横でこのやり取りを聴いてた妻も「それで良いんじゃない?」といったリアクションでした。

日本への一時帰国では、新年を祝いつつ神社に初詣に行き、日本的な生活習慣がいかに神道や仏教に影響を受けているかを再認識しました。アメリカで暮らす中で、様々なバックグラウンドの方々が様々な信仰や生活習慣を持っており、それらを客観的に理解・整理しつつも自分たちを取り巻き生活習慣や思想体系を規定する社会・文化を知覚することは非常に重要だというのが今回の記事のテーマです。

初めての映画

一時帰国時の往復の飛行機で、長女は初めて映画を一本まるまる観ました。行きも帰りも大好きな『アナと雪の女王』を観てました笑 

トイレを我慢できるようになったので1時間以上続けて観ることができるようになり、今まではyoutube等で断片的なシーンや歌でしか知らなったアナ雪を映画1本通して観て、登場人物の人格や映画のストーリーを知り、改めて好きになったようでした。

後述しますが、私には普通の人より多くの過去の記憶が残っており、私は様々な手法を通じて私の人格や性格、人間性が形成された経緯を探ってきました。

その探究の一つに、私の長年の悩みである高所恐怖症の原因を私の無意識に求める試みがあり、その原因の一つは映画でした。このことから、映画を観ることができるようになったのは、子育てにおいて極めて大きなチェックポイントだと考えています。

渡米23か月 – 異国の地での社会性獲得に向けた長期的目線

渡米23か月、私はもうすぐ渡米2年になります。子供たちも成長し属するコミュニティも安定・仲の良い友達もできた中で、長女も次女も「社会性」を形成しつつあります。他者と関わる際の人格や距離感、言葉遣い、配慮といった社会性は、属する文化、コミュニティ、親の善悪判断といった人とのかかわり方に大きく左右されます。

とりわけ、日本ではなく異国の地で今後も生きるとなれば尚更色々と考えます。日本人コミュニティの中でこじんまり生き、学校や習い事で会う人や異文化と表面的に付き合うだけで良いなら現在の生活を続けるだけでも問題ありませんが、積極的に関わりを広げたいならば、相手のことを知る必要もあるし、「媒介」に向けて巻き込む必要があります。

CEFRの設立理念に登場する「媒介」という私が極めて大切にしている思想は、上記の記事をご参照ください。

出典:youtube 日テレNews 【きょうの1日】2月3日は節分 各地で豆まき 追い払いたい…あなたの「鬼は外」は?

例えば日本では節分がありました。私はこうした日本文化を大切に教えるようにしています。具体的には「鬼」「福」「恵方巻」「方角」について、その成り立ちの社会的背景や現代における意味付けは丁寧に、子供たちが他の人にも話せることを目標に平易な言葉で面白おかしく説明しました。

例えば「方角」は、中国の陰陽道にルーツを持ち、五行思想(木、火、土、金、水で世界が構成されるという思想)が季節や色、天体、そして方角と結びつき、それぞれに吉凶の神がいると考えられるようになったことを子供に話しました。6世紀以降に日本が中国から仏教や律令制度、暦等を輸入した際にこうした思想も伝来し、方角の吉凶は貴族の政治的な行事や生活の中に浸透していきます。

出典:歴史好きなぶたさん 歴史系図トリビア 蜻蛉日記の作者・藤原道綱母の系図

藤原道綱母『蜻蛉日記』には、彼女が夫である藤原兼家に会いたい旨の手紙を送るも、兼家からの返事は「今日はお前ん家の方角は縁起悪いから行けないわ、すまんの」で、結局兼家は別の女性の家に行ったりしてます笑 こういう話を面白おかしくデフォルメして子供たち(と妻)にしました。当時は一夫多妻で女性に移動の自由はなく、通い婚故に通っている頻度が愛情の深さを示すため、今とはだいぶ時代背景が違いますが、妻子のリアクションは総じてネガティブで「こういう男ってカスだよね」という女心は古今東西変わらないようです笑

なお、節分というイベントは当然ながらアメリカの国民の祝日ではないし、他文化の人たちに認知されているものではありません。私たち日本人は自身の考え方やその根底にあるバックグラウンドを説明する際、節分を説明する必要があります。

出典:ディズニー「リメンバー・ミー」

同様に私たち日本人はディワリ(ヒンドゥー教の祝祭)、イード・アル=アドハー(イスラムの「犠牲祭」)、ディアデムエルトス(映画『リメンバー・ミー』の題材になったメキシコの「死者の日」)、ローシュ・ハッシャーナー(ユダヤ教の新年祭)について大して知りませんが、これらは私の同僚がこうした話題を理由に休暇を取ったりする際に登場する文化でした。

私はそれらを知らなければ相手とより深い関係性を築くことができません。「媒介」の第一歩は「違いを知ること」ではなく「共通点を見つけること」であり、こうした異文化の中に自分たちと同じだなあと思える点を見出せる力こそ私が重視している力です。

最近は妻子を色々なコミュニティに触れさせようと意識的に努力しています。例えば殆ど日本人で構成されるプロテスタント系キリスト教の集いには定期的に参加するようになりました。改宗を強要されない緩いつながりで、信仰や宗教を毛嫌いする妻にとっては貴重な日本人の繋がりとなりつつあります。

セルフイメージの形成

今回の記事は、私が人生の少なくないコストと時間と熱意を注いで追究してきた「セルフイメージ」について書きます。子供たちにも徐々にはっきりとした自我・個性が見え始め、その形成過程や将来像を想像する過程で自分自身との対比を行う時間が多い日々を過ごしています。

突然ですが、私は一般的な人に比べて100倍くらい(?)過去の記憶が残っています。例えば、小学校4年生の運動会の日。運動会は全く関係ないその日の3カ月前に母の夕食作りを手伝っていた際、母から取ってと言われて冷蔵庫から取り出した味噌の消費期限の日付まで覚えています笑 なお詳細は別の機会にしますが、実は母のお腹の中にいた頃の記憶もあります。初めて話したとき、母は本当に驚いていました。

最も、この性質は全く良いものではありません。本来、人は忘れるべき過去を忘れ自我の形成に必要な記憶を「都合よく」解釈・編纂し、人格や性格、コミュニケーションスキルを獲得するものです。

対して私の場合、記憶は脳にとどまり続けるために脳の容量を圧迫するだけではなく、忘れたかった過去の記憶も含めて突然フラッシュバックします。中学2年生のとき、イジメグループが移動教室の机に私の名前と「死ね」という文字を彫刻刀で彫っているのを見つけて悲しみと怒りがこみ上げた記憶が、高校3年生の生物の授業中にいきなり顕在意識に沸き上がり、その日ずっと憂鬱な気分になったり笑

記憶を自分の都合に合わせて捨象・整理することができない私は、自分自身の人格形成や人づきあいに非常に苦労しました。今もしています。また大学受験では2浪し、この性質が受験勉強にも役立たなかったことを示しています。当時のことや学力は下記にも書いているので、ご興味あれば読んでみて下さい。浪人・大学生活を経てメタ認知を獲得し、こうした自分の性質を客観化できるようになって初めて自分の頭の使い方のコツをつかみました。

そんな私は今現在、外資コンサルやAmazonを経て知識集約型労働に勤しんでいます。この労働形態で従事する仕事は、多くの情報をインプットして目的達成に向けて適切な処理を口頭・文章で行う必要がある仕事です。こうした仕事に従事できるようになったのは、一重に私自身の大量の試行錯誤とその結果として同職種への過学習です。上述のように私には人に比べて大量の過去の記憶があり、加えて日常の1シーンで取得する情報量が多く、容量よく整理することが苦手で、結果として人への伝え方も極めて発散的になります。

人一倍試行錯誤を重ね、何度も失敗し、時間をかけながらそれぞれの最適解に過学習する。従って私は周囲のできる人たちよりも時間がかかって成長してきたし、今から他の仕事をするにもキャッチアップにかなり時間がかかるでしょう。

さて、上記が私が考える「私のセルフイメージ」ですが、私が大学生になったころ、私はこの自身の性質に非常に苦悩し否定したくなりました。過去の事例を踏まえるに、私はこういう性質を持つ人間であることは間違いなさそうだけど、これは単なるイメージで、実は自分には秘めたる才能があり、実は自分は世界で最強の人類、人類の常識と限界を乗り越える存在、実はチャクラとか念とかギアスとか使えるんじゃないか、とか考えてました笑 

そして私は認知心理学をベースに、ユングやフロイトの研究をヒントにして、自分の無意識に潜って自己の形成やそのもととなる記憶の特定・書き換えを試みます。その最初の題材が「高所恐怖症」でした。

高所恐怖症の発症原因の分析

私は昔から、かなり重度の高所恐怖症に悩まされてきました。私が生まれ育ったクソ田舎には3階建て以上の建物がなかったため笑、高校受験の際に上京して5階の試験会場で数学を解いているとき、常に建物が揺れているように感じて失神寸前だったことを今でも覚えています。その後の人生でも、観覧車やら東京タワーに行った日にはもはやその場から動くことができなくなり。。。笑

しかし冷静になって過去の記憶を丁寧に思い返すと、10歳ごろまでは高いところが怖かった記憶はなく地元のお祭りでは山車の高いところに登って景色を楽しんでいたし。。。色々自分の記憶を深堀した結果、私が高所恐怖症になった原因は2つあることが分かりました。

出典:アリソンブログ 夢占いで競馬予想 美女と野獣の仕掛け

1つはディズニー映画『美女と野獣』。私がこの映画を始めて観たのは12歳、家族と一緒にリビングで視聴する中、ガストンが崖から落ちるシーンがあります。落ちる直前での野獣とのもみあいの中でバランスを崩す、転落する映像が私の脳裏に強烈に刻み込まれ、足場の悪い環境に恐怖を覚えるようになりました。

出典:スーパーマリオRPG プレイ日記01「敵はクッパじゃない!?」

もう一つはゲーム『スーパーマリオRPG』。兄の友達の家で兄たちがプレイする映像を見ていたのですが、序盤の方でクッパ城に大きな剣「カリバー」が刺さってマリオが自宅まで吹っ飛ばされるシーンがあります。私はこの城への入場シーンや、その後ピーチ姫救出のためにシャンデリアの上でワンワンと戦闘するシーン、そしてカリバー登場後に橋が崩落する一連のシーンに極めて不安定な感触を覚え、「足場がぐらつく、崩れ落ちる」という先入観のようなものを獲得したのでした。

高所恐怖症の克服

ちなみにこれらの記憶の特定に至るまで、実に色々な方法を試しました。知人の伝手で臨床心理士・精神科医のカウンセリング、相当胡散臭い霊媒師、沖縄のイタコなどなど。。。とは言え最終的に至ったこの2つの恐怖体験が原因とする考え方は私の過去の記憶とも矛盾なく一致し、おそらくこれらがきっかけ私は「自分が高いと認識する地点に至ると足場が揺らぐ感覚に襲われる」ようになり、これを高所恐怖症と認識していたのでしょう。

余談ですが、原因が分かったところで記憶は書き換えられませんでした。ただ、回数重ねて過学習すれば適応できるという自負の下、私はこの高所恐怖症の克服のためにを「足場が揺らいでいるもののその空間を自在に乗りこなす」経験を探します。

出典:youtube MustangWanted

最終的に至ったのは、MustangWantedというyoutubeチャンネル。命綱もなしに高い建築物をジャンプしたりぶら下がったりする彼の動画は、率直に言って命知らずで私が初めて観たときは本当に文字通り失神しました笑 妻がリビングで気を失っている私を見つけ、泣きながら揺さぶられて目を覚ましました笑

しかし私はくじけず、このチャンネルの動画を100回以上繰り返して視聴する習慣を続けました。どの動画も最初の方は失神しかけましたが、30回を超える頃には動画の内容を覚え始めて次に来るシーンを想定できるようになり、70回を超える頃には景色や足場に目を凝らすほどの余裕が生まれ、100回に至る頃には自分の足で動いているような錯覚を覚えます。その段階に至ると、もう怖くありません。

この記事を書いている2026年現在、未だ恐怖心は残っていますが、症状はかなり改善しました。昨年義家族がアメリカに遊びに来てくれた際に訪れたSeattleのスペースニードルは、怖すぎて30秒以上は外にいられなかったものの、一応エレベーターで昇って上から景色を見下ろすことはできるようになりました。

経験が先か、イメージが先か

こうした経験を通じて、私は自我や人格を形成する自己認識、つまり「セルフイメージ」に強い関心を持つようになりました。育児や教育においても、過去の集団への適応力や協調性を以て良しとする尺度から、自己肯定感を高める方針へと変わりつつあります。

一方で教育を受けた自分の身になると、こうした方針に基づく経験がセルフイメージを形成したのか、セルフイメージが経験を編纂しているのか、鶏と卵の印象を持ちます。子供を育てる親として、将来の経済的・社会的成功を願う上で、子供たちにどんなセルフイメージを持ってもらうべきか、日々子供たちと接しながら考えています。

冒頭に述べたように私には「人より時間がかかる、数をこなして個々の状況に過学習する必要がある」というセルフイメージがありますが、これは経験によって形作られた可能性が高いです。過去私はプロのバイオリニストを目指しており、毎日音階500回終えるまで夕飯を食べさせてもらえないという教育を受けてきました笑

技術面だけではなく人格的にも大いに影響を受けたバイオリンの恩師は常日頃、「君は不器用。何度やってもできるようにならない。だから人一倍やらなきゃいけない。でも一度身につくと確実に定着する、体に染みつく。だから身につくまで何度でもやりなさい。」「君の兄は器用だよ、数回の練習ですぐできるようになる。でもそうやって身に着けた力はすぐ抜ける。長期的に見れば、器用な人も不器用な人も、やった量と続けた期間で力が決まるものだよ。」と仰っていました。

この言葉を言われていた当時、私には自分自身に対するセルフイメージは確立していませんでした。しかし、先生の言葉と指導に基づく私の練習の日々が私の成長スタイル(質より量・継続は力なり)を規定し、年齢を重ねてメタ認知が発達した際にセルフイメージとして固まったように考えます。

「年間300冊、加えて専門書100冊」

「何も考えずとにかく量をこなす、時間がかかるけど結果は出る」という上述の恩師の教えは私のセルフイメージ形成に大きく貢献し、私はその後、サッカーでも勉強でもとにかく毎日同じ時間に同じ練習を繰り返すことに何も疑問を抱かない人間になりました。

そんな中、浪人生時代にとても尊敬する先生がいて、私はその先生の知識の広がりや整理の仕方に虜になっていたのですが、ある日その先生が「勉強ってのはさ、一生続くのよ、大学に入ることは入り口でしかない」という話を始めて、「勉強するというのは、1年に最低でも300冊くらいは本を読むことだよ」と仰っていました。

また別の機会に、「各分野の専門書は一読しても理解できず、何度も読み返しつつ他にも大量の情報をインプットすることで、少しずつ理解が進むもの」と前置きした上で、「勉強するというのは、1年に最低でも100冊くらいは専門書を読むことだよ」と仰っていました。

この発言を真に受けた私は、大学生になってからというもの、本当に本当によく本を読みました。どんなに疲れていても「平日1日3冊、休日6冊読む」と決め、とにかく自分が興味を持った分野を掘り進める形でむさぼるように読みました。幸いにして図書館には大量の本があり、開館の朝9時から夜21‐22時まで、サークル等の予定がなければずっと図書館に籠りました。授業には殆ど出席しなかったので、友達なんて殆どできず出席必須の授業は落としまくりました笑

学生時代に東日本大震災の被災地で出会ったNHKの記者の方から、NHKでは番組の企画書をA4一枚にまとめるという話を伺い、私も読んだ本をルーズリーフ1枚にまとめることにしました。訓練という感覚よりも当時は大量の情報を自分の使いやすい形にまとめておきたいという思いが強く、当時はまだ電子化という考え方はあまりありませんでした。

このルーズリーフ、整理が下手なこともあって結構紛失したり捨てちゃったりしたと思いますが、思い入れもあって全ては捨てられずアメリカまで持ってきました。いつか役立つことがあるかもしれない。以前数えて番号を振ってみたら4200番台まであったので、社会人になるまでにはそれくらい読んだと思います。

(余談)宗教=思想・思考を規定する社会規範

突然ですが私は宗教が大好きです。宗教は社会規範に基づく人の思想体系や思考スタイルを規定します。大学生のときには50以上の宗教・宗派を行脚しました。

例えば、いきなりの下ネタで恐縮ですが、性行為の際にお腹とお腹を向き合わせて行う体位は「正常位」ですが、なぜこれが正常で他は異常かと言えば、土地が貧しく生産性に乏しい地域で発展したキリスト教カトリックが性生活に厳しい戒律を導入し、性行為の方法まで規定したため、と大学受験の時に習いました。正常位の英訳はmissionary positionです。

しかしその後大学で勉強し続けるにつれて上記の俗説は誤りの可能性が高いと知りました。missionary positionという言葉は19-20世紀の宣教師が「道徳的」「自然」であるという考え方に基づき伝えたそうですが、この言葉自体は西欧に古来から存在するものではないし、聖書の規定でもありません。

また当時、日本ではこの英単語を訳すのに苦労し、「宣教師位」と直訳するにも、性行為と宗教を結びつけるのは不自然だし、当時は正常(=normal)と標準(=standard)の区別も曖昧だったため、正常位という訳語が充てられたと言います。

キリスト教が拡大したローマ帝国後期の時代、経済格差の拡大に伴う貧富差の拡大により、富裕層が複数女性を独占しつつ側室を持ち実質的な一夫多妻制となり、家族関係も曖昧で相続による富の分配も不十分でした。この社会に一夫一婦制を教義とするキリスト教が国教化され導入されたことにより、多くの男性に対して配偶機会が均等化し、相続による富の分配が安定し、家族単位が明確化したことで国家運営が安定したという指摘もあります(これはほんとなのか。。。?)。

出典:wikipedia トマス・アクィナス

13世紀、スコラ哲学で有名なトマス=アクィナスが、性行為の目的を「生殖」とし、生殖活動を「自然」、避妊等の生殖を妨げる行為を「不自然」とする考えを示したことで、中世の告解(洗礼後に司祭に自身がこれまで犯した罪を告白すること)に「自然に反する行為」が作られ、それらが後世解釈される過程で、性行為時は向き合う体位が「自然」とされたようです。これがキリスト教において正常位の体位を良しとする由来だとか。マナー講師も良いところです笑

上述の節分に関する古代日本の陰陽道思想もそうですが、最初はマナー講師的な位置づけで入ってきた宗教が次第にルールや慣習に入り込み、域内統治を権力側に都合の良い形に整え、その結果として私たちの思想・思考の枠組みまで規定する。私たちの世界はそういう歴史を紡いできたといつも感じます。

私は幼稚園生のときに母に連れられてカトリックの洗礼を受けており、以降20年ほどミサにも行ってない幽霊部員ですが笑、当時は毎週日曜は教会に通ってマタイの手紙やら讃美歌やらやってたので旧約・新約聖書への理解はあります。せめて聖書の内容くらい知っといてくれと思う妻に、手塚治虫の遺作を漫画化した本書を読むようお願いしました。この本(映画)、正直すごく良くできてると思う。

社会性を形成する子供たちに、セルフイメージの基盤となる自分たちの文化を確立させつつ、他文化との共生・相互理解に向けた接し方も教えていく必要がある、というのが最近の私のテーマで、これはつまり、私は異国の地で長期的に生きていくことを考えてるんだなあと我ながら振り返ったりしてます。

セルフイメージの探究

長くなりましたが、ここまでが私自身のセルフイメージをめぐる奮闘と、そのイメージに基づく人生の整理です。話は前後しますが、大学1年生のときに天外伺朗氏『マネジメント革命』に出会い衝撃を受けました。ソニーの元常務でCD(コンパクトディスク)やAIBOの開発責任者、PS3のマーケ戦略等にも言及なさっている彼ですが、当時のソニー社員が心から良い物を作ることに心身を燃やして仕事に打ち込む「集団」となっている様を見て、その集団を生み出すことを科学するために人間の精神世界の源泉を探りに行く、まーある面ではスピリチュアルな本です笑

しかし当時の私には刺さりました。セルフイメージをめぐって未だに探究を続けている意味では、未だに刺さっているかもしれません。余談ですがネット上に転がってる書評、マジで薄っぺらいカスみたいなのばっかりなので笑、ご興味あれば是非読んでみてほしいです。また、彼はスピリチュアルな発信も多く言論や著作には賛否両論ありますが、結構まともな話もできます笑

それで土井さん(*天外伺朗の本名は土井利忠)はソニーを辞めてしまうわけですか?

土井:おとなしく引き下がるのは癪に障る。だから僕は出井さんに一矢報いたんだ。

 「クビにしたい気持ちは分かるし、ソニーの役員を退くのもやぶさかでない。だけど、僕をこのままクビにしたら、これまでのメール合戦は大勢が見ているし、これが流出したらマスコミは黙ってないよ」とね。

 これは間違いなく「脅迫」に近かったな(笑)。

 出井さんは過去に広報を担当していたことあるし、マスコミ対応もやった経験があるからひるんだよ。そこで出井さんが譲歩してきた。「何かやりたいことはあるのか」とね。

 そこで僕は、「ソニー本体の役員を退いてもいいから新しい研究所を作りたい」という希望をやぶれかぶれで言ったわけ。「AI(人工知能)と脳科学を融合させた研究所を、ソニー本体とは別の会社として作らせろ」という僕の要望は見事に通った(笑)。

 そして新しい研究所ができた。「ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所」と名付け、2004年にソニーの100%子会社として発足。当時としては民間企業で初めてスーパーコンピュータを導入して、脳科学研究なんかを始めたんだよ。せっかく、そんなスパコンを入れるほど最先端の研究を進めたのに、その研究所も2年くらいでなくなってしまった。

「ロボット開発の息の根を止めたのは出井さん」

土井:つまり、こういうことだよ。

 ストリンガー(ハワード・ストリンガー、ソニーの会長兼CEOなど経営トップを歴任)体制時の2006年に、ソニーはロボットの研究開発を最終的にやめたことになっている。だけど実際は、出井さんがQRIOの商品化にストップをかけた時点で、ソニーとして、「ロボットはもうやらない」という意思表示がなされたということだ。

 QRIOを世に出さないと社内決定した2004年時点で、メッセージが出ていたんだ。世界でも最先端を走っていたソニーのAIとロボットの研究開発の息の根を止めたのは、ストリンガーではなく、出井さんだった。「ソニーはロボットから完全撤退する」という意思決定をしていて、その路線を2004年に、もう作っちゃったということだよ。

 そしてソニーは既定路線通り、AIBOやQRIOといったロボット開発をすべてやめたんだ。同時にAIやロボットに詳しいエンジニアも、四散してしまったよ。

 その頃にAIBOの研究開発に従事していたエンジニアは、かなりの人数がソニーをやめてしまった。けれど今でも、米グーグルのロボットプロジェクトに入ったり、日産自動車の自動運転プロジェクトの中心人物になっていたり、ソニー時代の知見を生かして活躍している。

 今、国内外でAIやロボット分野の第一人者となっているエンジニアの多くは、当時のソニーにいたんだよ。

出典:日経ビジネス 「そしてソニーはロボット開発をやめた」

私は次第にセルフイメージを幼少期から固めることで、その後の自分自身の人生の成功イメージを作りやすくなり、結果的に経済的・社会的成功を実現しやすくなるのではないかと思い、その手法を探究するべく受験、なかでも中学難関私立受験の予備校で算数や理科、社会を教えました。

モンテッソーリやレッジョエミリア、七田式といった幼児教育手法を熱心に研究したのも、こうした思いが背景にありました。

大人のセルフイメージのリセット・再構築

出典:【マレーシア】BPO・SSC業界の転職市場動向

社会人になると、今度は「大人になった後セルフイメージをリセット・再構築できるか」にも興味が沸きます。きっかけは社会人1年目、外資コンサルで配属された部署で走っていた多くの案件がGSSC(グローバル・シェアードサービスセンターズ)やGBPO(グローバル・ビジネスプロセスオートメーション)といった、世界中の拠点にある低付加価値な定型業務を集約したり外注したりしてごっそりコストカットする・それに向けて組織改編して収益出しやすい体質作る的なソリューションでした。

非常に面白味のなさそうな夢のない案件ですが、世界中に千単位で拠点を持つ大企業がやると年間二桁億円規模のコストカットになったりするし、結構需要がありました。

そんな中でいつも話題に挙がるのが、「業務の標準化・効率化・外注によって余った社内人材をどう活用するか」という点です。日本の経営陣にとってリストラは「人を大事にしていない」と強く嫌われる傾向があり、我々コンサルはよく「ハイバリューシフト(高付加価値業務への移行)」と称して、人を切らずに別の業務に従事させる非常に聞こえの良い提案をしていたんですが、そんなことは起こるはずがありません。

歴戦の総務のおじちゃん・おばちゃんたちが、明日から難しい資源配分の意思決定を十なう経営企画やら専門的な情報処理が必要な経理業務やらに従事して柔軟に頭を切り替えられるはずないのです。30や40超えて固まりきった自分のやり方、自己評価、向上意識、ワークライフバランスの指向性。こうしたものをリセットする、いわば「セルフイメージをリセット・再構築する」方法はないのだろうか。

おりしも、当時は第3次AIブームの真っただ中で、GANがもてはやされたりCNNとRNN繋げてみました的な試行錯誤が日々行われる中で、「人間は『アンラーニング』できないし、AIは賢くないし」みたいな風潮がありました。2026年現在、時代はだいぶ変わったように感じます。

「自己洗脳」を求めて

大人になってもセルフイメージを能動的・意識的に書き換える方法を求めて、再び私の思考錯誤は続きました。そうした中で、学生時代に読んでいた洗脳・催眠術関連の書籍を思い出し、そしてジョイ石井さんにたどり着きます。

当時俳優として活動してたジョイさんは1992年のTBS特番『史上最強の催眠術師マーティンSt.ジェームス』にて、英語しか話せないマーティンの日本語通訳を担当したことがきっかけで深層心理の探究を始め、現在もセミナー形式でその「催眠」手法を通じた自己実現方法を研究・伝授なさっています。当時(今も?)六本木で開催されていた彼のセミナーに半年ほど通いました。数十万円した記憶。。。笑

良く訊かれる「このセミナーに数十万円の価値があったかどうか」は私の自己評価なので回答しませんが、今振り返ると当時教わったことは私の思考整理の節々にヒントを下さっていて、探究に確実に良い影響を与えてくれていると考えます。

30超えて子供を育てる立場になった私は、自分の子供だけではなく周囲のお子さんたちが抱いているであろうセルフイメージ、それを構築したであろう親の教育や与えられた体験に思いをはせるようになりました。躾という形で強力な圧力で矯正する旧来の日本(東アジア?)の教育に比べ、褒めて本人の自己肯定感に基づいて伸ばす欧米型教育は、自我の獲得やセルフイメージの自己評価を大切にする文化なんだろうと常日頃感じます。

なお、どちらの教育方針・手法が良いのかは結果論です。手法の良し悪しは好みの問題なので、私や妻が自分たちの子供にどうなってほしいかだけを考えれば良い、人の評価は気にする必要がないと思っています。

「心に神殿を築く」

出典:ディズニー『インサイドヘッド』

「セルフイメージ」とは何か。体のどこら辺にあるのか。胸なのか脳なのか。何色なのか。どんな形・触感なのか。熱いのか、冷たいのか。

子供に教えようとする過程で色々悩みます。映画「インサイドヘッド」は感情同士の衝突をうまく擬人化したり、特別な思い出を「島」として表現したり、非常に示唆に富んだ直感的に分かりやすい作品だったと感じます。こういう伝え方をするべきか。

出典:wikipedia FF10

私がセルフイメージそのものに気づき始めたきっかけをくれたのはゲーム、中でもFF10と9。FFは中学生になるくらいの頃に10に初めて触れて、それ以降順番に4まで遡ってプレイしましたが、どの作品にも共通するのが「魔法」で、物語序盤はファイア・ブリザド・サンダーといった大気運動に働きかける系の魔法が多いものの、徐々にクエイクといった地殻運動、終盤にはメテオ・ホーリー・アルテマとった天体に作用するものが主力になります。

魔法使いとしての練度の高まりがこうした変化を促すなら、「心の中」では何が起こっているんだろうか、というのが子供の頃の私の問いです。というのも、当時から生物と物理が好きだった私は、生物の進化や生命活動が「光」という情報に基づく情報処理に囚われていることを強く意識し始めるとともに、天体との距離を考えると魔法使いが天体に働きかける力は光速を超えているのではないかと思ったのでした。

私たちの思考含むあらゆる外的刺激の受容やそれらの体の内側での処理は、基本的に電気信号で、そのスピードは光速を超えません。一方で、例えば地球と太陽の距離は約1.5億km、地球から観測する太陽は光に基づくので、今私たちが見てる太陽は8分20秒前の姿だったりします。

魔法使いはいかにして戦闘中にリアルタイムに天体にはたらきかけるのか、どうやって光速を超える意思疎通を行うのか。魔法を科学することに興味が沸き始めます。

出典:ベルセルク

出典:葬送のフリーレン

その後さまざまな文学作品や物理理論に触れる中で、セルフイメージとは心の中に「神殿」を完璧なイメージとして作り上げること、という様々な作品で語られる認識が強まりました。

出典:『宇宙認知理論モデル(CTMU)』 : クリストファー・ランガン – 要約と解説

この「神殿」とは何か、を考えている中で、大学生の頃にランガンのCTMU理論に出会います。宇宙の存在を物質的世界とする既存の思想と全く異なるトンデモ理論なのですが、なぜか私には心に残るというか、本当の可能性があると心にとどめておきたい内容でした。決して他の理論を排他的に捉えるものではありませんが、どこか私はこの理論を信じています。

「時間」を克服するセルフイメージ

地動説、プレートテクトニクス、進化論、相対性理論のように、私たちは歴史的に都度そのときの常識を打ち破り、「正しい」理論を受け入れ現実世界にインプリしてきました。今でこそバカにできる過去の理論も、当時の世界では常識・社会や個人の考え方を規定する風習であり、つまりは恵方巻の方角や性行為の正常位と同じ話に見えます。

私は人類が次に打破するのは「時間」だと思っています。かくいう私も思考のベースには常に歴史があり、時代という数直線上で過去・現在・未来を切り分けて思考していますが、人類が時間にこれほど強い信仰を持つようになったのは高々ここ300年程度だと考えています。

産業革命により「労働者」が生まれ、彼らを集団として工場で効率良く労働させるために「時計」が私たちの生活の中に浸透し、加えて経済学の発展は、分母に時間をとる「生産性」を求めるようになりました。ハイデガーの『存在と時間』宜しく人々は極めて時間に支配されるようになったわけですが、上述のCTMU理論はじめ昨今の物理界隈には時間の存在を前提とする物理法則に疑問を投げかける研究が多く存在します。

出典:進撃の巨人

一方で、時間感覚を失ったセルフイメージは、自己を自己として特定し続けることはできるのだろうかともいつも思います。エレンも頭がメチャクチャになっちゃったそうです笑

出典:はてなブログ 「私は情報の並列化の果てに、個を取り戻す為の一つの可能性を見つけたわ。」「因みにその答えは?」「好奇心、多分ね。」

そんな世界においても、自分が自分でい続けられるのは結局のところ好奇心だけなのかもしれません。案外AI時代でもなんでも結局のところここに行きつくと感じます。従って子供たちへの接し方は、彼らの好奇心の目をなるべく摘み取ることなく、なるべく大きく広げてあげることにかかかっているように思います。それが良いセルフイメージに実ることを信じて。

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